ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

116 適正は業が決める 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

仏教の立場から言うと、その子がどんな職業に就くのかは生まれたときにもう決まっています。業のプログラムによって決まっているのです。決まってはいますが、頑張って別の仕事をすることもできます。しかし、その場合は水が流れるように順調にはいかず、けっこう苦労しなくてはいけません。

中略

サラリーマン家庭に生まれた子でも、みんな業によって、将来就くであろう仕事の適正は決まっています、ですから親が「あなたはこの職業がいいよ」などと指図する必要はありません。ましてや「何が何でも医者になれ」などと言うのは論外です。

 

私見です

 

そっか、業のプログラムで決まっているのですね。

まあ、そこは深く考えないようにして・・。

 

でも、まあ、できることしかできませんもんね、ということは自然にやることが決まってくるのでしょう。

 

私は、自分の適正がわからないまま、営業の仕事をしてきましたが、30年以上やってますので、ということは、これが私の適正だったのでしょうね、結果的に。

 

関連して下記リンクを楽しく読みました。

thierrybuddhist.hatenablog.com

 

ちょっと引用

適職ではなくて、別な言葉で判断するんですね。自分がストレスなく、楽しく、失敗が少なく、こなせる仕事。いわば楽チンに。それが「適職」なんです。

 

 

お金の話も面白いです。

自分の手に入るお金が、自分にとって正しく手に入るお金でなくてはいけませんね。たくさん儲かるかというのは、あまり心配しなくてもいいんです。自分でしっかり頑張って手にしたお金なら、すごく残るんです。あっという間に消えてしまうことはありません。

 

 

まあ、できることしかできないし、できることをきちんとやってお給料をいただく、きちんと働いて得たお金は、なんていいますか、あぶく銭とはちがって「実感のあるお金」なのでしょう、実感のあるお金はすぐには減らないのですね。

 

 

あと、契約社員の話がまた面白い

わたしは日本にある派遣契約制度はあんまり好きじゃないんですね。

なぜかというと、会社というのは悪行の組織で(笑)、できるだけ人から搾取して儲かりたいだけと思っているんですね。だから、契約社員になれるのは若者だけで、残酷ですよ。若者というのは育ててあげなくちゃあかんでしょう。会社組織でその人を育ててあげて、一人前にしてあげなくちゃいけない。契約社員を育てることはしないで、仕事だけさせる。それで安い給料を上げて、契約が切れれば、ハイ、さようなら。若者も歳を取ってしまいますからね。結婚もしなくてはいけないしね。35歳になってくると、もう雇ってくれないケースもあるんですね。それは恐ろしいことです。そうではなくて、日本全体が契約ということなら構いませんよ。それなら、60歳であろうが、70歳であろうが、能力ある人を雇う。それだったら、自由で楽しいと思いますよ。しかし、そんな優しい人間はいませんからね。いかに自分だけ儲かるかということしか考えていませんしね。

ですから、自分の身の安全は自分で考えなくてはいけないんですね。

 

 

そうだよな、分配ではなく、搾取を行なったら、会社は悪行の組織になりますね。

 

 

あと、収入の得るシチュエーションですね。

自分がいただくポテンシャルは、正しくいただく。

そうでなければ、与えられていないものを取ったという戒律を犯していることになります。その戒律を犯してしまうと、貧乏になります。借金する羽目になります。俗世間で言う「盗むなかれ」というような単純なものではないんですよ。与えられていないものは取るなかれということです。与えられたものは取る必要がないからね。

 

搾取は与えられていないものを得るということで悪行になりますね。

私は雇われなので、盗みはないと思いますが、手抜き仕事は盗みにあたるかもしれません、ここは注意ですね。

 

法話の結論ですね

だから、自分自身でできることをやっていると、生きられるポテンシャルが入ってくるんです。

 

 

 

仕事に関しては、それほどややこしく考える必要なないのでは・・。

と教えてくれる本です。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え