ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

118 やるべき仕事を徹底的にやる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

仏教徒なら、頼まれた仕事を文句のつけようがないほど手抜きをしないでこなします。頼んだ人が喜んでお金を払いたくなるように仕事をするのです。仏教の人というのは、「やることは徹底的にしっかりやろう」と挑戦する人です。「あなた、そんなにいつも一生懸命で、生きることに執着しているのですか?」と聞かれたら、「いえ、生きることはどうってことない。しかし、失敗せずに一生懸命やるべきことをやるのは楽しいですよ」と答える。仏教徒とはそういう人で、仏教とはそういう道です。

 

私見です。

 

上記の文章は下記の本からの引用になります。

今回の副読本ですね。 

 

あべこべ

顛倒のお話になりますね。

 

お釈迦様の説いた顛倒を先生がまとめています。

 

顛倒が起こる場所は「概念の顛倒」・「心の顛倒」・「見解の顛倒」の三か所である。

 

「概念の顛倒」・「心の顛倒」・「見解の顛倒」それぞれの段階に、「常住」という顛倒、「我はいる」という顛倒、「身体はきれい」という四種類の顛倒がある。

 

本書では先生が詳しく顛倒の説明をされています、縦横無尽な顛倒のお話です、ぜひお読み下さい。

 

 

すみません、私見に戻ります。

 

副読本からの引用です。

 

一生懸命、挑戦する仏教の人

仕事はバリバリやりますが、別にクビになっても、すっぱりさようならという感じで「この会社がダメでも次があるさ」、そんな感じで執着しないで、頼まれた仕事は誰にも文句を言われないようにしっかりやります。

自分の仕事は、たとえば「あなた、これをやってくれませんか」と頼まれたら、完璧を期してやります。頼んだ人がお金を払うかどうか、払わないで騙されるかもしれない、などというようなことは気にしません。気にするのは「私がやる仕事だから、完璧にやる」ということだけです。

ふつうの人は仕事自体より、収入のことを気にします。

中略

仏教では、このような思考はしません。仏教徒なら、自分のプライドを大事にします。頼まれた仕事を、文句のつけようがないほど手抜きしないでこなします。頼んだ人が喜んでお金を払いたくなるように、仕事をするのです。そのように仕事をするなら、雇う側も雇われる側も幸福を感じます。

 

 

やるべき仕事は目の前にあるのに、先に気にするのは報酬、収入・・・。

先に気にすべきことは、この仕事を徹底的にやろうという気持ちと具体的な考えと実行なのに・・・。

 

プライドよりも、報酬、収入・・・。

 

うむ、やっぱり、「あべこべ」の罠に落ちてしまうのでしょうね。

 

 

「あべこべ」「顛倒」の罠に落ちないための具体的な本です。