ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

126 駄目でも、聞いて直せばそれでいい 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

人に「これは駄目です」と言われても、「ああ、これは失敗だ。じゃあ直そう」と、そのような生き方が正しい生き方です。

会社でも上司に「あれは駄目、これも駄目」と言われると、若い女性社員などはすぐに精神的ストレスがたまってしまいますが、偉そうに「これは駄目だ」と言われても、「ああそう、駄目ですか、なるほど、じゃあ直します」と直せばいいのです。

自分で直せなければ、「わかりませんから教えてください。どういうふうにやればいいですか」と聞けばいいのです。

教えるのは上司の義務ですから。

そういう生き方なら、楽に生きていけます。

それなのに、みんな混乱してばかりで、猫が毛玉で遊ぶように、何か仕事をすればするほど、混乱はひどくなるのです。

我々の心はそんな状態です。毛玉も糸もしっかり巻いておけば問題ないのです。

 

私見です。

 

なんか、過去にいいこと書いてます。

www.jataka.info

 

 

会社の仕事って、割り切って考えれば、皆、それぞれ役割があるので、自分の役割はすべきだし、管轄外のことはその役割の人に聞くべきだし、ほとんどはそれで済むのでしょうけど・・。

 

なんていうか、割り切って考えられなくて、好き嫌いで物事に取り組むとややこしくなりますね。

 

人間関係の好き嫌いが、そこに入ると「意地悪」という言葉が出てくるかもしれません。

 

で、それの対処ですね。

上記リンクからの引用です。

たとえば上司が意地の悪い人で、どうしても自分を叱りたいと思っているならば、「どんな好みの人か」とその人を勉強して、その人が見ただけで驚くようなレポートを書けばよいのです。たとえば私は、学問の世界のことを少しはわかっていますから、何も内容がないにも関わらず、すごく学問的に研究して書いたような形で書くことができます。そのような論文はいくらでもあります。見ると驚くんですね。すごい本だ、すごく良い研究だと。でも本当は何も研究していないし、何も発見していない、そういうことはよくあるんです。たまに私も人をだますことがあるんです。この人は形や外見ばかり気にして内容に興味がない、そういう場合ですね。すると、その人が気に入るような、大変きれいな形でまとめてあげるんですね。案の定、すごくほめてくれるわけです。そうすると心のなかで舌をペロリと出して「そんなのはレポートなんて名ばかりですよ」と、してやったり。やろうと思えばそんなこともできる。

それは、悪いことをしてくださいというのではなくて、自分に対していい結果を出せるようになれば、自分が幸福になれるわけです。ですからいい結果を出せるように考えて行動すべきだということなのです。頑張っているのに幸福になれないのはなぜかというと、先月お話した「怠け」= ālasiyam(アーラシアン)のせいだということに気付かなければなりません。

 

自分の心に善いことをしましょう、です。

 

そのためには、自分の好き嫌いなんて無視して、割り切ってやればいいし。

意地悪な人から悪いことされても、自分が悪いことする必要ないし、「とっとと、自分に対してよい結果を出しに行きますよ」でいいんじゃないでしょうか?

 

 

周りはどうあれ、とっとと、自分に対してよい結果を目指せばどうですか?と提案してくる本です。