ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

133 言葉の前に概念がある 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

前略

言葉より先に概念があるということは、人間同士のコミュニケーションでも実感できます。

たとえば、日本語しかわからない人と英語しかわからない人がいるとしましょう、でも、この二人は友達になりたいのです。そうすると、言語を飛び越えて、コミュニケーションが生まれます。言葉は役に立ちませんから、概念で行うコミュニケーションなのです。

概念があって、その上での言葉なのです。言葉は服のようなものです。かぶりものです。だから我々は、いくつかの言語をしゃべれるのです。

 

私見です。

 

うむ、言葉が通じなくても、お互い、目指すところが同じなら、言葉が未熟でも、なんとかなるような気がします。

 

でも、やっぱり言葉が未熟だと、コミイッタことを伝えるのは難しいです。

 

 

 

 

おっ、過去に、若いお坊様と仏教の勉強会したことを書いてました。

www.jataka.info

 

お互い、理解できる単語はパーリ語になります。

パーリ語についてのあれやこれやは、ズバリ仏教の勉強になります。

なんとかなるものです。

 

とても楽しかったです。

 

ちょっと脱線ですが、パーリ語には文字がありません。

下記

www.jataka.info

 

引用

長年,暗記口伝されていたパーリ語には文字がありません。

発音はあるのですが、文字がないのです、ですからその国の文字で表記されます。

ビルマ

シンハラ語

ローマナイズ

日本語だったらカタカナで

 

 

 

 

コロナの影響で、スリランカのお坊様にも会えていません。

ちょっと残念ですね。

 

 

「仕事」の項が終わり、本日から「コミュニケーション」の項が始まります。