oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

135 意見交換では「私」という主語を使う 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

人間として生きている場合、自分の意見を他の人々に伝えるという厄介な問題からは逃げられません。朝起きてから夜寝るまで、私たちはけっこうしゃべります。自分の意見を明確に述べるのはヤバイと思っているわりに、人はよくしゃべります。うるさいほどしゃべっています。しかし、「自分は、自分の意見や気持ちを相手に伝えているのだ」ということに気づいていないようです。

しゃべったら、それは意見交換だと理解しなくていけません。「おはよう」という一言でも、結局は意見交換です。気持ちの交換です。

人と話す場合、自我を張るのはとんでもない過ちですが、責任をもってしゃべるのは理性的なやり方です。

ですから、できるだけ「私」という主語を使うことです。「私の意見では」「私の考えでは」「私が理解した範囲では」「私に入った情報によると」などのフレーズを使うことは、対話における鉄則です。忘れないでください。

 

私見です。

 

よくここで「私見」を使いますけど、これも「私の○○では」という意味で、「私」という主語になりますね。

 

これって、私なりの仏教の見方です、ですから取るに足らないお茶会ばなし程度の内容です。

 

しっかり学びたい方は、経典や指導者の法話にキチンと当たることをお勧めします。

 

 

上記の文章は下記の本からの引用になります。

 先生が怒りについて縦横無尽に述べています。

怒らない練習

怒らない練習

 

 

残念ながら絶版です、流通在庫分になります。

 

この本の73ページ「スマナサーラ長老の視点」というワンポイントコーナーの

「伝えたいことを言葉で伝える」の部分から取ったものですね。

 

私の理解で恐縮ですが気になる部分です。

 

相手に伝えたいのは自分の気持ちか、それともアイデアか?

もしくは気持ちをこめたアイデアか?

しゃべる前にはそれをはっきりさせましょう、とあります。

 

アイデアは簡単そうです、気持ちとは無縁ですね、採用されるか否かは自分の管轄外の場合もありますから・・。

 

 

で、自分の気持なら「私は怒っています。なぜなら・・・・」と冷静にその理由を述べる、とあります、感情に任せてしゃべらないようにするのが大事なのかもしれません。

 

 

気持をこめたアイデアを述べるコツが「私」という主語なのでしょうね。。

感情を入れてしゃべることを防ぐことができるのかもしれません。

 

 

 

怒りについての本ですが、感情を入れないで上手にしゃべるコツも書いてある本です、日常生活の実用本でもあります、ぜひ読んでみてください。

 

 

怒らない練習

怒らない練習