ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

141 内容がないおしゃべりは不善行為 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

人はよくしゃべります。

なぜしゃべりたいのでしょうか?

ストレスがたまっている。面白い、気に入らない、悔しい、などさまざまな感情が詰まっている。そのストレスや感情を発散するためにしゃべっているのです。

大胆に言えば内容がないのです。内容がなければ無意味です。無内容であるならば、ただの音です。ほとんどのおしゃべりはこのカテゴリーです。

しゃべりたいからしゃべる行為は、仏教で不善行為として「無駄話」というのです。

 

 

 

上記は下記の本からの要約引用になります。

 

 

 

188ページの離心所の項ですね。

 

52種類の心所のうちの離心所3 正語、正業、正命。

 

本では「離心所」の「離」が分離されており、その説明がありませんでした、車の操縦の例えがありましたが、いまひとつピンときませんでした、ここは西澤先生の説明がわかりやすいです。

 

西澤先生の勉強会では離心所とは、「戒律を破りそうなシチュエーションで出てくる心」と教わりました。

 

で、ここでは言葉ですから「正語」ですね。

勉強会のメモから引用

「仕事以外で妄語、離間語、粗悪語、綺語などによる戒をやぶりそうになったときに離れること」とありました。

 

で、本ではスマナサーラ先生は4つの正語をあげています。

 

ウソを言わない

 

噂を言わない

 

キツイ言葉を言わない

 

無駄話を言わない

 

 

項目別に詳しいお話があります、興味のある方はぜひ読んでみてください。

 

 

 

 私見です。

 

無駄話は、自分自身も油断していると陥ってしまいますね。

言葉で戒を破る、なんてよくある話です。

 

で、無駄話って、ひとりでしゃっべってればまだ迷惑は減るかもしれませんが、「相手」がいるのですね、聞かされる相手も可哀そうです。

 

よく考えてみると、けっこうヤバイ不善行為です、ですから仏教では離心所に入れているのですね。

 

ヤバイシチュエーションでも、気づいたら「離れましょう、離れましょう」ということで・・・。

 

 

うむ、朝からアビダンマに誘う本です。