ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

152 慈しみの言葉で言い換える 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

私たち仏教徒は、それぞれの人のことを心配します。大事にして、幸せに生きていってほしいと思います。自分が余計なこと、自我を張って、あれやこれやわがままを言い張って、迷惑をかけないようにします。もし、何か必要なことがあったら、「これをお願いします」と、にこやかに、穏やかにお願いして、それぞれの皆様の幸福を願って生きるのです。

そのように家族に対しても生きてほしいのです。それが執着を捨てるということです。

「私の言う通りにやってくれ」などという要求はしません。我を張らずに「こうだったらいいと思いますが、どうでしょうか」と提案型で言うなどします。

相手がお母さんであっても、何か要求したければ、「私は実はこう考えていて、お母さんがこれをやってくれればいいと思いますが、どうですか?」というふうに聞いたり。家族であっても、相手に判断する権利を与えるのです。そうすると、どのようにすればあなたが幸せなのか、ものの見事にお母さんは考えるのです、そのようになる言い方とアプローチは、執着があるとできません。

 

私見です

 

慈しみの心を自分なりに育てても、日常生活における人間関係、家族関係にどう生かしていけばいいのか・・・。

 

私はかなり不器用なので、どうしていいかわからないことか多いです。

 

でも、先生の本は、通常の慈しみの話だけでなく、それを日常生活に生かす方法も書いてあります。

 

 

スリランカの方に聞いたことがあるのですが。

 

お坊様がお寺の行う法話は、経典等からの定型型、パターンが決まっているものになるですけど、それが終わり、檀家さんとの個人的な雑談をしたりします。

 

そのとき檀家さんは、お坊様に日常の生活で困っていることを愚痴ったり、相談したりします、で、それを聞いてお坊様が仏教に基づいてアドバイスをしたりします。

 

先生の本は、その雑談の部分にあたるのかもしれません、でもただの雑談ではなくて仏教に基づいた雑談です、でも、我々在家にしてみると、けっこう雑談の部分って大事で、日常生活に役立つ話をいただくのはありがたいです。

 

 

さて、せっかくだから慈しみについて復習します。

法友との勉強会に使っている下記の本から

 

 

 

慈しみについては、8つの布薩戒に加えて、慈しみの心を育てることを誓えば、9つの布薩戒を守ることになるそうです。

 

で、慈経を基にして、慈しみの心を育て、10の方角に慈しみを放ち、育てた慈しみは「送る」ことが大事で、その方法が書いてあります。

 

 慈しみは、育て、放ち、送る、ものなのですね。

 

 

日常生活に慈しみをどう生かすか、書いてある本です。