oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

159 仏教のユーモアには品格がある 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

仏教では、世間の品格のない笑いは無駄話とします。そして、「品格の笑いのほうが、より才能を必要とされる」という見方をします。

仏教の笑いは、聞いていても、身につけても、どこか人格が向上するようなウイットに富んだものです。頭を上手に使って、上品な微笑みを促します。

また、深刻な問題を扱うときでも、穏やかに、冷静さを保って明るく問題解決へ向かうことのできる品格を持ち合わせています。

 

上記の文章は下記の本からになります。

 

 

 

 

私見です。

 

上記の本では、仏教のユーモアの条件に3つの要素を上げています。

 

品格

 

役に立つ

 

教えがある

 

 

で、笑いに関してのお話があります。

 

引用

 

歌は泣き声、踊りは狂気

お釈迦様は「笑い」に対してなんとおしゃっているのでしょうか。お釈迦様がどのように語ったのか、経典には次のように書かれています。

 

比丘たちよ、聖なる戒めにおいては(仏陀の教えにおいては)、歌は泣き声のようなもの、踊りは狂気のようなもの、長い時間、音をたて歯を見せて笑うことは幼子になったようなものです。したがって、君たちは歌をやめなさい、踊りをやめやめなさい、真理を理解することで起こる微笑みだけで十分です。

(増支部三集103)

 

で、先生の「笑い」の解説は続きます。

 

笑いは自然現象

お釈迦様は、笑うことを拒否せず「笑うにも、長い時間はよくない」とおしゃってます。「ちょっと笑うだけでよろしい」ということです。それには論理的な理由があります。

我々は、笑うことはやめられないのです。実際、なにか面白いことがあったら、「わらわないでいよう」と思ってもできないでしょう。「踊らないことにする」、これはできます。「歌わないことにする」、これもできます。しかし、「笑う」のはくしゃみと同じで自然に起こります。やめようと思っても、どうにもなりません。いきなり、どうしても笑ってしまいます。

ですから、お釈迦様は、笑いを「やめなさい」」とはおっしゃいません。人体のメカニズムに即しています。いかにお釈迦様の智慧が精密なのかという証拠です。

「ちょこっと笑うのはよいですよ」と、お釈迦様はすすめます。たとえば数学で少々難しい問題が解けたら、「できたぞ」と笑ってしまうでしょう?なにかを理解したときに品格よく、「あっ、わかった」と思わず笑顔になる、それぐらいの笑いは「楽しんでよろしい」とおっしゃるのです。

 

バリバリの私見で申し訳ないのですけど。

 

うむ、上記の文章の「真理を理解することで起きる微笑みだけで十分です」とあります、これはたぶん阿羅漢の笑起心になりますね。

 

でも、先生の解説では、人体のメカニズムに即した「笑い」を肯定しているので、笑いを求めて貪に転げ落ちない「微笑み」を目指したいですね。

 

 

とは、言いつつも、動画サイトで「横山やすし・きよし」の昔の漫才をたっぷり見てしまいました、やすしさん、きよしさんも仕事としての「お笑い」をやっているので、仕事・芸としての笑いはそのときは面白いですけど、追い求めると貪に転げ落ちそうです、それは実感できました。

 

 

うむ、目指すは貪とは離れた笑いというか微笑みです、と教えてくれる本です。