ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

164 ひとり立ちしたら親子関係を調整する 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

生命は平等ですから、それぞれが幸福にならなくてはいけません。親のせいで子どもが不幸になるのはおかしいし、子どものせいで親が不幸になるのもおかしい。ですから親子であっても、お互いの幸せを考えて、関係を調整することが必要です。「親子の縁を切る」というのは、その極端な形です。建物を作る場合、建築中は覆いをかけた状態で作業をします、でも建物は完成したら、もう覆いは外すでしょう。同じように子どもがひとり立ちしたならば、親子関係という覆いを外しても大丈夫なのです。

 

私見です。

 

えーと、子どもがいる親なのでそれほど難しく考えていません。

 

子どものひとり立ちの目安は、「独立した収入を得るようになること」この時点で親がお世話することは終了になりますね。

 

まあ、終了といっても、親子なので、いろいろな相談事を受けたら、受けますけど・・・。

 

「いろいろな理由があってひとり立ちできない」となったら面倒みるしかないけど、私にも寿命がありますので、いずれは一人で生きていかなければなりませんね。

 

私の場合は、いろいろな時点で、自動的に調整が入るような感じです、流れがあるので、変に逆らわず流れに乗ったほうがいいような感じがします。

 

 

うむ、親子関係は全然深く考えていません。

 

親子関係の話が続きます。