ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

166 不幸になる親子関係は切ってもいい 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

家族が努力し合って、いたわり合って、慈しみ合っているならば、それはすばらしい関係でしょう。でも、憎み合っているなら、どうでしょう。家族がお互いに呪い合う関係だったらもう生き地獄でしょう。自分だけでなく相手もそうです。たとえば子どもが親を呪ったり憎んだりすれば、親も子も精神的に苦しみます。そこで関係を切ってしまえば、どうなるでしょう。親子の関係が切れても、それぞれが社会で生きていきための関係を再び築き上げます。それで親子の苦しみもなくなります。

親子の縁を切ることに、とりたて問題はないのです。仏教では「一切の束縛を切ることこそ幸福である」と説きます。束縛から問題が起こる、ということです。関係には切れるものと切れないものがあります。親子関係は簡単に切れるものです。

子どもは「私には親はいない」と開き直ればいいし、親も「私には子どもなんていなかったのだ」と開き直れば、楽しく明るく生活できます。親子関係とは、そのくらいのシステムなのです。深刻に考えることではありません。

 

この本からになりますね。

 

 

 

親子の業にも言及している本です、世間的にはびっくりしますが、仏教的にはあたりまえです。

 

73ページに「殺し殺される親子の業」の話があります、最初読んだときはちょっとショックでした、でも世間でもこのような事件はありますから、事実として受けとめなければですね。

 

で、上記のお話の次に「不幸になる親子関係は切ってもよい」という話が続きます。

 

 

バリバリの私見です。

 

親子関係というか、家族は社会生活を送るための便宜的な仕組みにすぎません、昔は大家族が多かったですけど、今は核家族や独身世帯のほうが多いでしょう。

 

良好な親子関係だったら問題はないのですけど、親子の縁を切りたいというシチュエーションもあるでしょう。

 

でも調べてみると

 

法律的に親子の縁を切ることはできないようです。

 

親が一方的に実子を離籍させる、というのはできないようです。

 

あと、実子(子ども)を保護するために離籍させるというのもできないようです。

 

養子縁組の解消は可能なようですけど、実関係は難しいみたい。

 

ということは、距離をとるしか方法はないのですね。

 

親子関係の悪化って、お互い話し合って離れるというよりも、どちらか一方が不利益を被るので「離れたい」と思うパターンが多いのではないでしょうか。

どちらか一方が逃げまくるということになるのかな。

 

先生の「親子関係の解消」のお話はよくわかるのですが、家族というと現行の社会制度、法律なんかも関係しているので、なんだか面倒くさそうです。

 

まあ、たまたま家族として巡り合ってしまったので、仲良くするしかないし、面倒を見たり、見られたりするしかないのかな、と思っています。

 

不幸になるのだったら距離をおいたほうがいい、と思います。