ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

172 親子それぞれに生き方がある 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

何でもやってあげれば子どもが喜ぶと思うのは、親の勘違いです。子どもはそれほど親に期待していません。野球の試合でも、発表会でも、親が来てくれた楽しいな、という程度です。親が来ることで子どもの気持ちが落ち着くようなら見に行けばいいし、ちょっと協力してあげる程度でいいのです。ある程度大きくなったときに、親には親の生き方があるのだとわかったら、子どもはリラックスできます。親子がそれぞれの生き方を理解することで、子どもの独立が自動的に始まるのです。

 

上記は下記の本からの引用

小さな本ですけど、先生の子育てに関する決定版みたいな重要な本です。

 

 

 

私見です。

 

たまたま長い輪廻で出会ってしまい、シャバの仕組みでとりあえず親子という関係になっただけです、もともとは個々の人間なので、それぞれに生き方があります。

 

なんていうか、面倒を見る、見れらるの、暫定的な親子関係が終了したら、お互いに邪魔しないようにしましょうね。という話だと思います。

 

 

極端な話、例えば、政治家とか、歌舞伎とかなんだか世襲になっている仕事がありますね。

 

上記の本で先生は「適性は業が決める」とおしゃってます。

で、ガツンとおしゃってます。

世の中では親が「うちの仕事のあとを継いでほしいなあ」と思うことでけっこうトラブルになっています。仏教の業・輪廻転生の話からみると、子どもが親のあとを継ぐ筋合いはありません、大切な人生の流れを文化によって妨げてはいけないのです。

 

で親の役目について

引用

親の役目は、子どもが自分の業に気づくように手助けすることです。子どもがどんな才能、どんな能力を持っているのかチェックすれば、その子の業がわかります。小さな子どもが遊んでいるときにでも、チラチラ業の働きが見えるのです。日々、子どもと接していれば、そんなに難しいことではありません。

 

 

うむむむ

私は鈍い親なので、自分の子の適性がいまだにわかりません。

好きなことはあるようなのですけど、長いシャバの生活のせいで私のほうが世の中に毒されているのでしょう、だから「それで食っていけるの?」なんて思ってしまいます。

 

それでも、お互い邪魔せずに、「お互い勝手に努力していきましょ」ということで・・・・。

 

まだまだ子育ての項は続きます。