oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

177 他人を心配するという幸福を体験する 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

なぜ子どもはかわいいのでしょうか? 子どもは、大人である自分が何とかしてあげなくてはいけない存在だからです。動物の子どもを見ると思わず触りたくなるように、手を貸すべき存在を前にしたとき、私たちの心には他の生命に対する優しさが生まれます。

子どもは、誰かが何かをしてくれることを期待していません。そこで、大人が何か手助けしてあげる。すると、「ありがとう」とか、「嫌っ」といった、なんらかの反応があります。まだうまく話せない赤ちゃんでも、口の動きで何を言おうとしているのかわかる場合がありますね。どんな反応でも、大人のほうは楽しくなってしまいます。

子どもたちは我々に、幸福になる秘訣を教えているのです。幸福の秘訣とは、「幸福になりたければ、自分は措いて、他人を心配しなさい」ということです。つまり子どもとは、「純粋な思いやりの気持ち、他の生命を助ける行為にこそ幸福がある」という、大人たちが認めたくない事実を体験させてくれる存在なのです。

 

 

私見です。

 

うむ、学ぶのは愛情ではなく慈しみになるのでしょうか?

 

下記リンクより

j-theravada.net

 

上記リンクより引用

愛情を捨てて『慈しみ』で育てる

次のポイントです。ほとんどすべての親は、子供に対して強烈な愛情を持っています。この親の愛情、仏教ではこれを執着とか愛着といいますが、これは大変危険な猛毒で、苦しみしかつくらないのです。「子供のためなら何でもする、命も惜しまない」などと愛情で頭がいっぱいになりますと、頭が狂って物事が見えなくなり、何もわからなくなってしまうのです。そして、がまんできないほどの苦しみが生まれてくる。頭が狂った人は何をするかわからないでしょう。ひどいときには、子供のためだと思って人殺しでもするのです。親の愛着は、子供にとっては耐え難い精神的な負担なのです。親は子供のために命までかけるつもりでいても、子供はできるだけ感情に狂っている親から縁を切ろうとするのです。愛着は、親子関係まで壊してしまうものです。

そこでお釈迦さまは、「愛情ではなく慈しみで育てなさい」と教えられました。子供にとって必要なのは、愛情ではなく慈しみなのです。慈しみとは「この子は私のものではない。地球上に生まれてきた大事な人間です。この子が間違いを起こさず幸福でいてほしい。責任感のある立派な人間に育ってほしい」という気持ちのことです。

 

 

うむ、いちおうシャバの社会制度では「親子」なんですけど、長い輪廻の中で出会った一人の人間ですから、一人の人間として接するべきなんでしょうね。

 

子どもは親に慈しみを教えてくれるし、親は慈しみを持って子どもに接する、ということですね。 

 

子どもは慈しみを学べる一番身近な存在です、ということを教えてくれる本です。