ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

184 善心とは明るい心 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

世の中の人間が明るかったら、けっこう良いものでしょう。明るい人とは誰でも付き合いたいし、暗い人とは付き合いたくないものです。明るい人がどんどん増えても、誰にもなんの負担もありません。どんな問題・トラブルが起ころうとも、明るい人はすぐにそれを解決してしまう。そういう人々は、どんな乗り越えがたい障害があろうとも、チャレンジしてそれを乗り越えていく。ですから、世の中で明るい、行動的な人々は、増えれば増えるほどよろしいということで、そういう心が仏教でいう善心なのです。

 

私見です

 

最初に ん!?です。

 

理屈っぽくって申し訳ないのですが

一般的な意味の善心はデジタル大辞泉によると

 人の道にかなったよい心。良心に恥じない心。
 仏語仏道に入り、精進する心。また、清浄な慈悲の心。

 

上記の文章だったら1番目の意味でよいのではないでしょうか?

 

ただ、最後に「そういう心が仏教でいう善心なのです」とあるので、仏教用語としての「善心」を調べなければなりません。

 

ここで調べます

 

 

上記の本では善心という言葉はありません。

 

 

下記の本では・・

 

 

心所のところで、浄心所を「善心所」と言い換えています。

アビダンマ用語としては「浄心所」なのですけど、浄心所というと一般の方はピンと来ないかもしれないので「善心所」と言い換えているのですね。

 

先生の一般の方にもわかるように、という意図がわかりましたのですけど、私も自分なりに納得したいので・・・・

 

下記の本を読みます

 

 

 

浄心24種類のうち、大善心8つ

要約を引用します。

要約すると大善心とは所縁の情報に対して執着を持たず、かといって拒否することもなく、その情報を性格に理解するような心を意味する。このような心で日々の生活を送るならば、人は確実に幸福な人生を歩めるのである。

 

うむ、これが明るい心を作るのでしょうね。

 

 

思わずアビダンマを調べてしまいました。