ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

186 備えなければ憂いなし 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

仏教徒の生き方は、「備えなければ憂いなし」です。古い経典にこんな話があります。在家の人が「雨が降っても、私は大丈夫です」と言うと、ブッダは「雨が降ったら、どうぞ勝手に降ればよい」と語りました。

これは在家の生き方と仏教徒の生き方の違いを表しています。

在家の生き方は、何かのために準備をしておこう、(備えあれば憂いなし)というものです。それは「構えて」いることであり、現実と戦おうとしている姿です。本当は準備はいらないのです。構えもいりません。すなわち、現実と戦わないからです。

「何があっても、何が起こっても大丈夫」というのが、最高の生き方です。どんなに準備をしても、完璧な構えをしても、万全ということはありません。

この世界は、なにが起きるかわかりません。現実と戦おうとしたら、勝つかもしれないが、負けることもあります。しかし戦わなければ、勝ちもなければ負けもありません。

 

上記の文章は下記の本からになります。

 

 

 

第五章の「備えなければ憂いなし」からになります。

第五章は、みっちりと「備えなければ憂いなし」の話になります。

詳しくは本書をお読みください。

 

上記の文章のあとには続きがあります。

なぜか対話形式になっていて。

 

引用

そうはいっても、準備しない人生は不安ですね。そのためにはどうしたらいいのでしょうか?

 

ほとんどの苦しみは、自作自演なのです。自分で悩み苦しみを招いているのです。まずそのことに気づくことがたいせつっです。

そうして、「人生は今日だけ」という生き方にすれば、ラクになります。いや一日といっても長いですね。だから半日でもいい、六時間だけでもしっかり生きよう。この一時間だけでも。

先のことは考えない。いまここの生き方に徹する。瞬間瞬間をたいせつに生きていく。それが仏教徒の生き方です。

 

 

私見です

 

コンピューター用語の「バッチ処理」と「リアルタイム処理」を連想してしまいました。

 

バッチ処理はある程度集まったデータを、ある時間に(夜間とか)まとめて処理する仕組みですね。

 

リアルタイム処理は、データ処理の期限(デッドライン)が決まっていて、ほぼ瞬時に処理する仕組みですね。

 

仏教はリアルタイム処理を目指しているのでしょうか?

 

 

で、面白い言葉を見つけました

ソフトリアルタイムシステム (ウイッキーより)

デッドラインミスが起こっても、即座にシステムへダメージを与えることはなく、その処理自体の価値が終了時間によって徐々に落ちていくシステム[1]
例: ATMオンラインゲーム気象観測システムなど

 

デッドラインミスとは、期限に間に合わなかったということです。

期限に間に合わなかったことで、処理が遅れることで、処理自体の価値が下がっていくのでしょうね。

 

うーむ

ずばり、私にリアルタイム処理の能力は無いです。

ソフトリアルタイムはちょっとできるかも・・。

 

能力がないので、とりあえずできることは物事の優先順位を間違いの少ないようにつけることかな、と思います。

 

 

仏教はリアルタイムを目指します、ということで。