ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

188 人生は死ぬまで学校 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

「学ぶ」とは知識を憶えるだけのことではありませ。会う人会う人が、私に何かを教えてくれます。あなたの陰口を言う人も、足を引っ張る人も、何かを教えています。

Life is a school. つまり、人生とは死ぬまで学校なのです。教え方はさまざまです。人だけでなく、猫を飼ったら、猫もいろいろなことを教えてくれます。猫が教えてくれることと、おばあちゃんが教えてくれることはもちろん違います。猫は自分の好き勝手に過ごしていて、何も指図したりはしません。でも、その中から学ぶことがあります。

 

上記は下記の本からになります。

 

 

 

第一章「子育てを成功に導く3つのポイント」からになります。

 

一つ目のポイントは「道徳を教えよう」ということで十善十悪のお話があります。

 

二つ目のポイントは「子どもは無条件にかわいい」ということで、「純粋な思いやりの気持ち、他の生命を助ける行為にこそ幸福がある」という、大人たちが認めたくない事実を体験させてくれる存在、というお話。

 

三つ目のポイントは「人生は学校、親子は学び合い」という項目で上記のお話が出てきます。

 

 

思いっきり脱線します。

 

人は自分以外の他人に異様に鋭いです。

ですから、私も陰口を言われているかもしれないですけど、たぶんそれはばっちり当たっていると思います、耳の痛い事柄でしょう、耳の痛いことはなかなか入ってきませんね、入ってきたらラッキーと思って学んだほうがいいのでしょうね。

 

最近、聞く言葉に「お節介な教え魔」というのがあるそうです。

頼んでもいないのにあれやこれやアドバイスをするのでしょうけど・・・。

権力欲があるのかもしれないし、ただの寂しがりやかもしれないし・・。

 

うむ、仏教徒だったらそこに貪瞋痴の有無を見抜く練習になりそうです。

というか、自分自身も教え魔にならぬよう注意です。

 

 

 

すみませんがここで仏教に結び付けます。

 

吉祥経より

 

7番目

俗世間、出世間の広い知識を持つことは最高の吉祥です。

 

8番目

技術、技能に長けていることは最高の吉祥です。

 

 

上記のことをやるためには「学び」が必要なので、生まれたからには死ぬまで学びがあるということで・・。

 

なんとかオチを仏教にすることができました。