oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

190 心は空気のように 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

空気というのは、まったくトラブルを起こしません。どこにでも入っていけます。私の心も、あの人は男、あの人は女、あの人は子ども、あの人は動物など、そういう区別なく、空気のようにつながらないといけません。たとえば人と話しているうちに気分が悪くなったら、「いえ、心は空気のように」と、、すぐ立て直します。誰かがわがままを言い張ると、ちょっと怒りをおぼえたりもします。「なぜ、あなたはわがままばかり?」と。しかし、「いえ、その人がわがままを言うのは、その人の自由です」と、私はその影響を受けないで、空気のようにいるのです。

そうやって「空気のように」というたとえで、すべての慈悲の瞑想は完成するのです。心が揺らいだら、空気ではなかったということです。空気はどこにもあります。法俱であるおりんの中にも、おりんが置かれているクッションの中にも、空気はあります。しかし空気は誰の邪魔もしません。おりんの邪魔も、クッションの邪魔もせず、見事に調和しています、そのように、「私の心は空気のように」と、いつも心がけるのです。

 

私見です

 

上記は下記の本からになります。

先生の慈しみの話が満載、縦横無尽です。 

 

 

先生は慈しみを空気に譬えて広げていくことをおしゃっているのでしょうか。

 

慈しみについて自分なりに復習します。

 

下記の本

 

 

 

ミャンマーの伝統的なやり方を以前、教わりました。

 

引用

まず、戒律を守る

 

背筋を伸ばし、脚を組んで座り、手のひらを上向きにして重ね、親指同士が触れるようにします。

頭が下がらないようにして、身体を動かさずに座り、慈しみを送る相手に注意を向け続けます。

 

慈しみを送りたい相手のイメージを思い浮かべて、それに心を集中させます。その後、心の眼を使い「この人が幸せでありますように、敵から逃れられますように」と繰り返し熱意を込めて念じます。少なくとも15分から30分続けます。

 

特定の人に慈しみを送ることがうまくできたら、同様にして多くの人々、村人全員、国民全員、さらには世界のすべての人に向けて慈しみを送ります。

 

 

ここでも大事なのは戒ですね、戒をきちんと守らない慈しみの実践はうまくないような気がします。

 

戒を守る、悪いことはしない、これが慈しみの基礎と言うか土台になると思います。

 

かといって、戒を100パーセント守り、10の悪いこともパーフェクトにしていない、そういった方が慈悲の実践に進むことができる、という話でもないような気がします、そうすると慈悲の実践はかなり高度な修行になりますから・・、

 

戒を守る、悪いことをしないように気をつけて、慈悲の実践に励む、励むことで戒を大事さもわかるし、悪いことも避けるようになる、お互い持ちつ持たれつの効果があるのではないでしょうか。

 

仏教の実践には持ちつ持たれつの効果があるような気がします。