oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

196 幻覚を生み出す渇愛 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

私たちは「安らぎとは何か」もわからないくせに、勝手にイメージをつくっています。そのイメージをもとに「いつか幸福がある」と考えているのです。

たいがい、どんな人に聞いてみても「生きる目的が何かあるはずだ」と言います。私は「今、あなたは生きているでしょう?生きているあなたは、生きる目的を知らないの?と聞きたくなります。

私たちはいつでも幻覚がなければ生きていられないのです。私たちは毎日幻覚を作って、生きる苦しみをなかったことにします。その結果、人の心の中に「生きていきたい、生きていきたい」という渇愛が生まれてきます。渇愛はものすごいエネルギーです。そのエネルギーで輪廻転生するのです。渇愛があると人間は黙ってはいられません。何かをするのです。建物を作ったり、金を儲けたり、そんな程度のことをあれやこれやとやります。せっかく作った建物をまた壊したり、それをまた建て直したり、くだらないことをやっています。その原因は渇愛なのです。

 

私見です

 

うむ、渇愛のお話ですね。

 

せっかくですから、いただいた本を読みます。

法友のみなさま、ありがとうございます。

 

書店にはありません、欲しい方は日本テーラワーダ仏教協会まで。

f:id:oldmanbuddhist:20210613071921j:plain

 

本によると

 

渇愛とは、「もっと欲しい」「もっとあっても悪くない」という満たされない状態を表すキーワードとのことです。

 

四聖諦では苦の原因としての渇愛ですね。

カーマタンハー 欲愛

 

バワタンハー 有愛

 

ヴィバワタンハー 無有愛

 

以上3つの真理です。

 

 

 

十二因縁では、渇愛の6つの説明があります。

 

引用

ここまで説明したように、渇愛は六つの組織タンハーカーヤーに分かれて活動します。渇愛そのものはひとつですが、六つの組織から作られることで、強力になってしまうのです。あらゆる生命が解脱に達することができない、心を自由にすることができない、苦しみから脱出することができない理由は、この渇愛が強烈に働くからなのです。要するに渇愛があるから、眼耳鼻舌身意に触れる色声香味触法というこの情報が欲しくて堪らないのです。生きるという現象は、この六種類の情報を求めてさまよい続けることなのです。

 


先生は気をつけるべきところは「意」だとおしゃってます、「意」=「思考、妄想から生まれる愛着」で、リミットがない、とのことです。

 

 「幻覚」=「妄想」だと思います。

 

うーむ、リミットが無ければ、解脱は遠くなるし、輪廻は続くし。

くだらないことをやり続けて、せっせと苦の原因を作っているんでしょうね。

 

とは言いつつも、私自身にもくだらない部分があり、渇愛はすごく耳の痛い話です。

 

 

耳の痛いお話が続きます。