oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

200 なぜ輪廻は終わらないのか? 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

我々は命の中で「何かいいことがあうんじゃないかな?」と思っているのです。実は、ただそれだけのことなのです。

皆さんに「あなたは人生の目的とか、すごく大事なものが見つかったのですか?」と聞けば「いい大学に入った」とか、「いい仕事に就いた」とか、いろいろなくだらないことを言うかもしれません。でも、それで人生は終わりではないでしょう。

本当に人生の目的に達したなら、もう生きていなくてもいいはずなのに、まだ走り続けているのです。これからも生きようと努力しているのです。

我々は「今までは無駄だっただけど、これから何かあるだろう」と誤解し、期待しているのですね。それで、この輪廻は終わらないのです。

なぜ我々が誤解するのかというと、生きているとときどき、ちょっとした喜びが生まれたりするからですね。身体がある以上、音楽を聞いて楽しいとか、踊りを見てきれいだ、などというような単純な喜びが生まれます。それでだまされてしまうのです。

 

私見です。

上記は下記の本からになります。

 

 

帯に「仏教で得られる結果」が一気にわかる最古層の教え、とあります。

 

仏教をよく知らない方、でも日頃、読書習慣があって、活字に親しんでいる方なら読める本だと思います。

 

仏教を知らない方にも、わかりやすい解説を試みる先生の思いがわかる本です、本当はすごい本です。

 

 

ちょっと気になる部分を引用します。

次に輪廻転生させる衝動である煩悩を、さらに観察してみます。言葉で少し説明しますと、「生きることは苦しく空しいものだ」と頭では分かっていても、我々は小さな小さな喜びに惹かれてしまいます。それで、解脱が最終的に達するべき境地だと本心では認めたくないのです。これは煩悩です。ですから煩悩の発見が必要なのです。

たとえば「仏教の話でも聞こう」と考えたとしても、「平日なら仕事があるから・・・」と考えますね。本当は仕事があってもどういうことはないのですが、やはりそこに惹かれるのです。または、法話の途中で「子どもが待っているから」とさっさと帰ったりする。そのようなことは、決して不思議ではありませんね。その気持ちになった瞬間に、自分の価値観と優先順位がどうなっているのか、自分の心に聞いてみましょう。きっと俗世間のことが最優先になっているはずです。「ブッダの教えは間違っている」とも思っていませんし、教えを実践できれば幸福になることを頭では理解しているのに、です。ですから、解脱に達したい人は、あえてこの煩悩というものを明確に観察するのです。

 

なんだか、放逸だらけの自分のことを言われているみたいです、耳が痛いです。

ダンマサークル運営にヒントにもなりそうなお話でもあります。

 

 

煩悩はすぐそこ、身近にある、と教えてくれる本です。