oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

210 今日をしっかり生きる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

私たちは「明日がある」と言って、やるべきことを今日やらないで後回しにすることがよくあります。

「明日はどうでもいい、今日楽しければ充分だ」と思う感情は仏教的ではありません。

なぜ「明日があるさ」も「今日だけよければいい」というのも仏教的ではないでしょうか?

それは因果法則を否定する無智な思考だからです。

明日は今日の行為の結果なのです。今日遊んでしまうと、明日ひどい目に遭うのです。

ですから、やるべきことは明日まで延期するものではありません。

明日は今日の結果だから、延期するひどい目に遭います。

だから仏教は「今日をしっかり生きる」ということを説きます。

「明日はないんだから、明日はどうでもいい」と考えてしまっては駄目なのです。

 

バリバリの私見です。

 

うーむ、「今日」とか「明日」という言葉は人間が便宜的に作った言葉だから、この言葉を使わないほうがいいかも。

 

仏教は、「いま、ここ」の観察を大事にしてるので、「いま、ここ」をしっかりやればいいと思います。

 

先生とは反対のことを言っているようなお話です。

下記の本

 

 

 

気になる部分を引用

 

うまくいかないことは明日に回しましょう

仕事や勉強をしているときに、なぜかうまくいかなかったり、どうしても調子が乗らなかったりすることは、誰しも経験があるでしょう。まじめな人ほど、「ここは休んではいけない。もっとがんばらねば」と思いがちです。

でも、そういうときは、それ以上がんばらずに、さっさと寝てしまうほうがいいんです。調子が乗らない状態で無理しても、状況が改善する可能性は低い・・・

中略

無理せずラクに結果を出すためにも、「その日できることはその日のうちにやってしまおう」なんてこだわらず、ゆっくり眠って明日に備えましょう。

 

上記、よく読むと別に仕事 や勉強をあきらめているわけではありません、「よく寝て、明日やれば」という話です、ここでも「その日」とか「明日」という言葉がでてきますけど、この言葉は時間の節目の便宜的な説明にすぎないので、本当は時間は継ぎ目なくサーっと流れているので「その日」とか「今日」とか「明日」なんて言葉は使わないで、継ぎ目のない流れる時間の中で、やるべきことを達成するための手段や順番を考えてみただけ、という話でいいような気がします。

 

例えば、自営業で、午後8時にやるべき仕事があり、でも疲れている、4時間寝て、午前0時からやり始める、午前3時頃終了。

上記の働き方は雇われだとヤバイので自営にしてみました。

 

別に、「今日」も「明日」もありません、ただやるべことはやってます。

 

今回の先生の話は仏教的な教訓に重きを置くのか、それとも日常生活におけるライフハック的なことに重きを置くのか、ちょっと考えてしまいました。

 

 

けっこう、考えさせる本です。