oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

214 今すぐ幸福になる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

今ここで幸福を味わえないなら、明日も幸福を味わえません。「明日こそは幸福になろう」という気持ちで生きている人は、いつまでたっても明日幸福になるつもりですから、永久に幸福にならないのです。「今日、幸福になるぞ」と努力する人は、それなりに幸福な一日を過ごすと思います。明日が今日になった時点で、また幸福に生きるために努力するから、昨日より幸福になるでしょう。「今日、幸福になる」をモットーにすると日々幸福に生きられ、その幸福も日々、向上していくのです。

 

上記は下記の本からになります。

 

 

先生は便宜的に「今日」とか「明日」って使っていますけど、上記の本の30ページより引用。

アビダンマ的には「今日」とか「明日」なんて無いと分かります。

その他、数字とか、「今日」「明日」。そういうものも実在しないものですね。ただ概念で、実体はないのです。実在すると思っていますか?では、今日はどこにありますか?今日ってものは存在していないのです。そうすると、明日も存在してない、昨日もないと分かります。

 

仏教初心者の方も読むかもしれないので先生が「今日」とか「明日」を使うのは理解できます、でも初心者の方だからこそ、言葉はわかりやすいほうがいいような気がします。

 

で、今すぐ幸福になる、のわかりやすい例えがありました。上記の本より引用します。

 

「たとえ自分の家が火事になっても、笑顔を忘れるな」ということです。なんで家が火事になって、自分が泣く必要があるのですか。ばかばかしいでしょう。泣いて火事が消えるなら、私も泣いてあげます。泣いたら焼けた家がきれいに建て直るなら、みんな来て力いっぱい泣いてくれるでしょう。「燃えるものは燃えるんだから、そんなものはもうどうでもいいや。自分の笑顔だけは、心の落ち着きだけは、壊さないぞ」と常に気をつけないといけない、でもそれは大変だから、お釈迦様は「最終的に貪瞋痴を捨てなさい。もう二度と生まれないようにしてしまいなさい」とおっしゃるのです。貪瞋痴をなくと、わざわざ努力して気づく必要もなくなるのです。自然にいつも気づいて、目覚めている状態でいられる。それで最終的な幸福が確立されるのです。

 

覚りの境地はわかりませんけど、日常生活で頭の中を切り替えることは出来そうです、いろいろな切り替えが、ある意味、仏教の実践になるかな、と思っています。