oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

224 感謝する 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

理性的に、感謝の気持ちで今日一日を生きてみましょう。感謝の気持ちは人に安らぎと喜びを与えてくれます。

直接お世話になった人だけに感謝すればいいのではありません。私がご飯を炊くための炊飯器はたくさんの人々の努力によって成り立っています。トイレで流した水は、たくさんの人々と無数の微生物たちが浄化して自然に戻してくれています。橋やコップを手に取ったときも、電気のスイッチを入れたときも、それに関わっている人々に対して感謝の気持ちを抱くようにしましょう。そのおかげで、私自身は楽に生きていられるのです。

これは、神様に、仏様に感謝するなどの、宗教的で迷信的な感謝ではありません。具体的な感謝です。感謝の気持ちを持つだけで、充分、日々を幸福に生きていられるのです。

 

上記は下記のカレンダーからになります。

 

 

実用品なのですけど、現在は流通在庫のみになります、以前はアプリ版もありました、復刻まではいかなくても、アプリを復活させてくれれば嬉しいです。

 

 

私見です

 

ますはここ

thierrybuddhist.hatenablog.com

 

インド文化の奥深さのお話があります。

引用

インド文化では、感謝しますが、「ありがとう、ありがとう」と形式的に口でごまかすことはしないんですね。インド文化の人々は、「ありがとう」と言っちゃうとチャラになっちゃうと思っています。お互い助け合って生きているんだから、永久的にチャラにならないという考えを持っています。ごちそうをもらって、「ありがとう」と言って帰ってしまえばチャラでしょう。そうじゃなくて、自分が食べさせてもらったように、今度は自分がほかの人に対して、「あんた、ご飯を食べていってください」と言います。かつてご飯を食べさせてくれたあの人にお返しするわけじゃなくて。

 

チャラにはしない、自分がしてもらったことは、他の方に対しても自分が行う。

 

日本では「ありがとう」を連発しますけど、その行為を受け取り自分がどう実践するかが大事なんでしょうね、「ありがとう」と言葉だけで終わらせていけませんね。

 

 

あと、アビダンマには「感謝」の心所がないのですよ、これの解説もあります。


www.youtube.com

 

「感謝」というと文化的な面もあるので、アビダンマには無いのでしょうね。

 

でも、仏典には

恩を知り、恩を感ずる人は

世において得難いもの

(増支部AN3-113)

 

 

で、最後はここになります。

j-theravada.net

 

上記より引用

今日は「感謝」について考えてみたいと思います。まず感謝する対象とは誰なのでしょうか。たとえばあなたがお母さんのお金を使って車を買ったとします。そのとき、あなたがまったくの他人に向かって「私は新車を買いました。本当にありがとうございました」と言っても何の意味もありませんよね。自分のお母さんのお金を使ったのであればお母さんに感謝すべきである、というのが仏教の考え方です。基本はとても単純なことです。恩を受けたその相手に対して感謝の気持を持つということで、誰だか知らない人に感謝しても仕方がありません。

 

 

基本は単純で具体的なのですね。

恩を受けた相手に対して感謝を持つ

ということです。

 

ということは、自分が成り立っているためには、たくさんの恩恵を得ているので、八方に感謝の気持ちがなければ 、です。

 

 

恩を知る、恩を感ずる、は自分の心にも良さそうです、ということを教えてくれる本です。