oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

237 相違点に興味を持てば平和に生きられる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

生命は誰であっても、うまく仲良くして生きられるうまい技があります。

それは、相手の相違点を評価することです。

相違点に興味を持つのです。

「あなたは私と違ってよかった」という気持ち生きてみるのです。

それから、みんな幸せになると思います。

我々は他人に自分を合わせようとして、どれほど苦労していることでしょうか。

「どんな生命もお互いに違いますよ」と理解することは、差別感のためではなく、慈悲の気持ちを作ることに必要なのです。

「生命はお互いに違いますよ」と認めることは事実です。

信仰ではありません。

「この輪廻の中で、似ている生命は二人といません」ということが事実なのです。

それがわかった人は、すごく豊かで平和に、社会の中で生きることができます。

 

 上記の文章が下記の本からです。

 

 

 

私見です

生き物、それぞれ相違があるのは、当たり前のことですけど、上記の文章にある通り、「他人に合わせようとする」というのは、相手の相違点に自分を合わすとか、なんとか共通店を探す行為なんでしょうね。

 

上記の本より引用

我々はみんなと仲良くしなければならないと思い、他人と自分が同じであるとするために、必死で共通点を探すのです、これは骨の折れる作業だと思います。なぜかというと、探せば探すほど見つかるのは相違点ばかりだからです。共通点は全てお釈迦様によって語られているので、探す必要はないのです。

 

さて、お釈迦様の示した共通点とは何でしょうか?

私見で恐縮なのですけど、ほとんどの人間にあるのは貪瞋痴なので、貪瞋痴のことではないでしょうか?

共通点としての貪瞋痴は合わす必要ないですね。

相違点ってのは、出身地とか、性別とか、信条とか、宗教とか、趣味とか。

で、ほとんどの方が共通点としての貪瞋痴をお持ちなので、出身とか、性別とか、信条とか、宗教とかを貪瞋痴で見てしまうので、世界中でおかしなことが起きてしまうのですね。

 

オリンピックが始まりましたけど、以前、大会の責任者が女性に関して貪瞋痴の煩悩が混じった発言をしましたね、

 

相違点を理性的に評価すれば、なんの問題もなかったのですけど、できなかったのですね、ただ、仏教的には、貪瞋痴の行為をつい行ってしまうほうが人間の共通点なのかもしれません。

 

 

相違点、共通点の勉強になる本です。