oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

239 人間は不幸になることを選んでいる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

人間はこの地球に現れたときから、「幸せになりたい」とずーっと頑張ってきました。自分は幸せになりたいし、できれば周りの人々を幸せにしてあげたいと願っているのです。お医者さんに「あなたは、なぜ医者になったのですか?」と聞けば、「人々を幸せにしてあげたいからです」と答えるでしょう。政治家に同じことを聞けば、「国民を幸せにしてあげたいからです」と、やはり答えるでしょう。その結果はどうでしょうか?残念ながら、誰一人として幸せになっていないのです。その理由は心が悪に向かって回転するようにできているからなのです。お釈迦様はこのことについて、「生命は幸福になりたいと思って、不幸になることを選んでやっているのだ」とおっしゃっています。不幸になることを選んでやるのであれば、当然不幸になるでしょう。「なぜこれを選んだのですか?」と聞けば、「それを選んだほうが幸福になると思ったからです」という答えが返ってきます。しかし結果は逆です。この法則から脱出する道を教えられるのはブッダだけです。ですから、生命の中にブッダが現れることは幸福である、言われています。

 

私の場合のバリバリの私見です。

 

下手に「幸福になりたい」と動き回るより、「悪いことしない」でいいのではないでしょうか。

 

日常生活では「悪いことをしない」を実行するだけでも、かなりハードルが高いですよ。

 

で、その悪いことって、仏教では決まってますので、せめて在家の守るべきことを守るのが大事なのではないでしょうか。

 

下記リンクに五戒の守り方というかコツがあります。

j-theravada.net

 

五戒を守る人と守らない人との社会関係について

引用

世の中では、五戒を守らない人は、それを守る人と比べられないほど多いのです。お釈迦様のたとえを借りるならば、五戒を守る人が「一握りの土」であり、守らない人が「大地の土」のようなものです。この人々とぶつからないように、調和を守って生きるために、守る人が知恵を絞らなくてはならないのです。仏教は、知恵を開発するために実践するものですので、五戒を守ることも知恵の開発の基礎とならなくてはならないのです。

 

大多数の守らない人とぶつからないように調和を守って、 日常生活で知恵をしぼって五戒を実践するのは、智慧に開発の基礎、基礎になるだけでも嬉しいですね。

 

他人に対するアプローチ

引用

五戒を守る人は、他人のこともその尺度で見て、「私は五戒を守っている。この人は守っていません」と判断したがります。これは、自分が他人より優れているという優越感を招きます。この優越感は差別意識であって傲慢です。煩悩です。心の汚れです。心の汚れを落とす目的で仏教徒になって、逆に、汚れをつけてしまうことは、あまりにも矛盾です。他人の行為、行動は、どうであろうとも、他人に対しては、差別感が心の中に生まれないように、常に「気づく」べきです。形だけの戒律は、性格的に頑固であるならば、簡単に守れます。あまり自慢になりませんね…。形式的に戒めを守るよりも、平等の心(差別意識のない心=upekkhā)を持つことの方が優れています。

 

うむ、中捨の心で五戒を実践してみましょう、という意味になるでしょうか?

 

五戒を実践しているうちに、慢や戒禁取を起こしてしまったら台無しですし、知らず知らずのうちに不幸を選んでいることになってるのかもしれません。 

 

 

「悪いことをしない」と思っても、いつのまにか落とし穴に落ちていることを教えてくれる本です。