oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

240 不満は病気 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

不満は、病気です。「いくらあっても、もっと欲しい」と思うのは病気なのです。そう思う心は暗く硬くなって、柔軟性がなくなります。自分より多く持っている人々に対して、嫉妬、怒りが現れますから、社会全体を恨んだり憎んだりする人間にもなってしまいます。このように、不満は人を自己破壊へ導く病気です。ただし、お釈迦様が教えた満足の実践で治る病気なのです。

大事なポイントは「満足」です。満足したら楽しいし、幸福感を感じます。成功なのです。そのためには真面目に限度を決め、その限度に達するために努力もすることです。

いとも簡単に達せられる限度ですから、いとも簡単に成功者になれて、心が明るくなります。その後も続けて努力しますから、自分が決めた限度を超えて幸福になれるのです。「私は思ったよりも幸せな人間だ。満たされるというより、あふれている人生だ」と言えるようになるのです。

 

上記は下記の本からになります。

 

 

先生の経典解説の本です。

仏教を知らなくても、読書好きの方でしたら楽しく挑戦できる本だと思います。

 

第3部のブッダの話、というところに「満足の実践」という項から始まります。

 

お釈迦様が王様に満足についてお話をしています。

引用

また、大王よ、比丘はどのように満足しているのでしょうか。

ここに大王よ、比丘は、身を保つだけの衣と腹を保つだけの托鉢食に満足し、出かける場合はそれだけを持って出かけます。

大王よ、それは例えば、翼のある鳥が、飛ぶ場合に、翼だけもって飛ぶようなものです。ちょうどそのように、大王よ、比丘は身を保つだけの衣と腹を保つだけの托鉢食に満足し、出かける場合はそれだけを持って出かけます。

大王よ、このように比丘は満足しています。

 

比丘の「満足」は決まっているのですね。

4つの比丘戒になります。

 

一番目は衣のことです。

「これからあなたの衣のことを言います。どこかで拾った服があるならば、それで満足しなさい。あなたげ綿布や絹布をお布施でもらうかもしれません。それは全部余分にもらったものだと思いなさい。これからあなたの人生は、糞掃衣で満足することをしかっりと覚悟しなさい」

 

二番目は食べるものです。

「食事は、何か食べるものを鉢に入れてもらったら、それで満足しなさい。信者さんから接待を受けたり、高価なものをもらったりするのはたまにあることで、余分にいただいたものだと思いなさい」

 

三番目は住居のことです。

「住むところは、樹の下で寝られるくらいであるならば、それで比丘として十分です。もし屋根の中に入ることができるなら、余得だと思いなさい」

 

四番目は薬です

「病気になった場合、牛の尿があれば、それがあなたの薬です。あなたがそれ以上、普通の薬をもらったり、お医者さんのお世話を受けたりすることができたならば、それは余分にもらったものだと思いなさい」

 

以上は出家の「満足」についてですね。

 

で、在家の場合です

以前書いてました。

www.jataka.info

 

 

在家は「程度を知る」ぐらいがいいのでは・・。

引用

にかく何ごとにも「程度を知る」ということです。おしゃれにしても、仏教は「けっしてやるな」とは言いません。できるお金がある人はやっていいのです。断固禁止というわけではなくて、程度を知るだけのことなのです。

正しい節約は正しい生き方ですし、正しい使い方も正しい生き方です。

 

収入に見合ったことをしなかったり、 収入は十分あるのに極端なケチに走ったり、収入は数字でわかるので、ほんとうはやるべきことがはっきりしてます。

 

収入を知る、程度を知る生き方が大事なのでは、と思いました。