oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

251 幸福と苦しみ、相反して混乱する人生 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

「どうしても生きていたい」と言う人は、勘違いしています。その言葉の本当の意味は、「どうしても苦しみたい」ということになるからです。生きることは苦の連続なのですから。つまり人は「どうしても苦しみたい」と思っているのに、「苦しみが嫌だ。私は幸福になりたいのだ」と言って、実にいろいろなことをしている、ということです。本当は、「幸福になるために、どうしたらよいでしょうか?」という問いの答えは、「生きることをあきらめなさい」ということになります。言い換えれば、「欲を捨てなさい」ということです。

 この矛盾点をしっかり理解してください。人が「生きていたい」という思いで、さまざまな欲を追いかけることは「苦しみを追いかけること」なのです。どんどん、どんどん苦しみへ、不幸へ向かうことなのです。つまり、私たちは「幸せになりたい」と思って、まったく相反する行動をとっているのです。服に火がついた人が、その火を消すために燃え盛る中に飛び込むようなものです。ですから人間は、仏道を歩まない限りは幸福にならないのです。

 

私見です

これは苦(ドゥッカ)のお話なのでしょうね。

いい機会なので、言葉の意味を調べます。

下記の本

 

 

 

苦の聖諦(ドゥッカ アリヤ サッチャ)は8つ

 

①生

②老

③病

④死

⑤愛別離苦

⑥怨憎会苦

⑦求不得苦

⑧五取蘊苦

 

存在の世界はドゥッカのみであり決して満足を得ることはできないという真理

 

次は苦因の聖諦(ドゥッカ サムダーヤ アリア サッチャ )

 

渇愛を3種に分類

①欲愛 

所縁に執着し離さないこと

 

②有愛 

存在への欲求、消滅の恐れ

 

③無有愛

有愛の反対で、非存在への欲求のこと。仏道は虚無主義ではないため、自身の消滅を希求することも執着であると考え、渇愛の一種とされる。

 

 

で、次は苦をどうすれば滅することができるか。

 

苦滅の聖諦(ドゥッカ 二ローダ アリヤ サッチャ)

苦滅の状態は涅槃の状態ですね。

 

で、次は苦滅に至る道の聖諦(ドゥッカ 二ローダ ガーミニパティパダー アリヤ サッチャ)

八正道を説いてます。

 

 

ん? これは四聖諦のことですね。

 

苦という言葉を調べると、四聖諦に来てしまうのですね。

 

ですから、上記の文章で、先生は仏教のかなり重要な核心部分のお話をされています。苦とはなんぞや、苦は嫌だ、苦で悩むなら、四聖諦をみっちり学んだほうがいいかもしれません。

 

あと、存在の世界は苦なので、幸福を求める行為はイコール苦を求めることになります、「苦しかない」と思えば相反して混乱することもありません。

 

 

いつのまにか四聖諦に導いてくれる本です。