oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

272 病気を治すために必要な心構え 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

病気を治すために必要なのは、「自分の病気が治りますように」という願いではなくて、「周囲の人々のために病気が治りますように」という願いです。「私が健康になりたい」という願いは、わがままで高慢な、自我から出てくる願いです。その「自我」というのが病気になるすべての問題の要因です。病気だけでなく、我々の苦しみのすべての要因は、その「自我」にあるのです。エゴが完全に消えた状態を覚りといいますが、そこまで行く前に、我々は今、目の前にある病気という苦痛をなんとか和らげたいと思うものです。そのためには、利己的なわがままな心を、周囲を思いやる慈しみの心に変えなければなりません。

「自分が仕事をしたいから健康になりたい、自分のために病気を治したい」と考えることはエゴの希望です。ですから逆に考えてください。「周囲に迷惑をかけないために健康になってみんなの役に立つために、病気を治したい」と願うのです。それは相手に対する慈しみの心であり、菩薩の心です。「病気を治したい」という言葉は同じですが、エゴに基づいているか、慈悲に基づいているかによって、天と地ほどの違いがあります。

 

 

上記の文章は下記の本より

老病死のお話が満載の縦横無尽です、読み応えがあります。

 

 

新書版もあります。

 

 

 

「第4章 心を清らかにして、明るく慈しみの深い心を」の

「2 きれいな心」の項目からになります。

 

ここでは慈しみの心が大事であると、おしゃっていると思います。

 

病気になって入院して、意識がしっかりあれば、時間がたっぷりあると認識できそうなので、慈悲の瞑想をたっぷり実践できそうです、いやいや、本当は入院の有無にかかわらず実践するのが大事です。

 

でも、入院しても、自分の心を害することはしたくないですね。

 

で、いつもワンパターンで申し訳ないのですが、慈悲の実践の前に、五戒を守り悪いことをしない、が大事だと思います。

 

五戒を守らないで悪いことをしたまま、慈悲の実践、ヴィパッサナーの実践をしても、もともとの土台がしっかりしてないので、「何をやってるんだ?」ということになるかもしれません。

 

個人的に「何をやってるんだ?」と言われ続けているような感じがする本です。