oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

275 身体に関する執着を捨てる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

病気は、心を清らかにすることで早く治るケースがあります。

しかし、人が病気になって死ぬことは自然法則ですから、なんでもかんでも、心を清らかにすれば治ると勘違いしてはいけません。

不治の病にかかったら、仏教徒はいとも簡単に身体に対する執着を捨てます。

「では、さようなら」という気持ちになるのです。

 

上記の文章は下記の本から

 

 

 

本書のちょっと気になる部分を引用

 

死ぬ準備できてる?

たとえば本当に病気ですごく調子の悪い方に対して、「もう死ぬ準備できた?」と聞いたりします。なんの準備かというと、もちろん死ぬ準備です。平気でなんのことはなく、聞きます。冗談ではありません。まじめに、しかし淡々と聞きます。そして聞くことは、仏教徒の患者さんに対して失礼でもなんでもないのです。

「あなた、死ぬ準備できた?」と聞かれると、患者さんもにこっと笑ってしまいます。けっこう、それで治ります。しかし、正直に言わないと治りません。「あなたは本当に準備できているのですか?」とすごく真剣に聞くと、本人も「そうですね、やっぱり・・・・・」と、自分がしてきた善いことを思い出したりして、「いまからでもいいから、お布施でもしなくては」とか、息子たちをみんな呼んで「なにかお布施でもしてください」と言ったりして、元気を取り戻します。善行為の思いでこころがきれいになってけっこう元気になるわけです。

 

バリバリの私見です。

 

身体への執着の有り無しは、「いつ死んでも大丈夫ですか」の問いに答えれるか否かになりますね。

 

うむむむ

 

私の場合、今聞かれたら、「大丈夫ではありません」と答えます。

 

で、不治の病になったとしたら・・・

 

「はい、準備はもうできています」と答えれるようになりたいです。

 

想像するに、現時点で、覚ることはできていないけど、この身体があるうちに、五戒を守り、悪いことはせずに、慈しみの実践をして・・・。

 

「準備はできています」と答えれるようになりたいです。

 

 

「もう、死ぬ準備できた?」と聞いてくる本です。