oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

「死」に関する記述が続くので・・・。 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

本日は思いっきり脱線します。

 

アビダンマの復習を兼ねて、ちょっとメモ書きみたいですみません。

 

昨日は初期仏教キーワードから「死」に関する単語を見ましたが、今日は下記の本から。

 

ちょっとゲーム的に、本の索引から「死」という単語を拾っていきます。

 

さて、なにが出てくるでしょうか。

 

 

 

上記の本の「摂雑分別」の項に「死」という単語があります。

 

「摂雑分別」というと、なんていいますか、雑多なものの分析になるのでしょうか。

 

そこの作用の摂

 

作用とは。結生・有分・引転・見・聞・嗅・嘗・触・領受・推度・確定・速行・彼所縁・死の14種である。

 

で、ここで気なるのは「結生・有分・死」ですね。

 

引用

結生

現世に生を受ける最初の刹那を指すもので、過去世と現世を結ぶ働きをする。

 

有分

結生以来の心相続である生有を絶やさない因となる心が有分心である、(中略)即ち、過去生が滅した直後に、業に支配された結生心が生じ、その後、それと同じ異熟心が表面的意識(路心)作用が行われないかぎり、死に至るまで生滅相続する。このような潜在的意識が有分心である。

 

現在生の終わる刹那が死である。現在生から離脱することがその作用である。即ち、業の勢力がある限り、有分心は特有の心相続を絶やさないよう働いているが、業の勢力がなくなると、有分心のこの働きは消滅して、結生・有分を同じ異熟心である死心に至るのである。

 

 

うむむ、まだ理解ができない。

このテキストを使います。

 

 

気になる部分を引用

一つの生涯の結生心、有分心、死心は、どれも同じ心です。ある境涯に生まれた瞬間から、その境涯で死ぬ瞬間まで、同じ基本の心が、刹那ごとに生滅を繰り返しながら続いていきます。唯一不変の「同じ」ではなく、はたらき・作用が同じなのです。どれもただ生じて滅するだけの、活動がほとんどない心です。生じるタイミングによって、その境涯に転生した瞬間の結生心と、その後の普段の生滅の有分心と、死ぬ瞬間の死心との3種類に呼び名が変わるだけなのです。

 

バリバリの私見で恐縮です。

 

心ってけっこう、複雑で、いろいろな働きをしているのかな?と思っていたのですけど、上記を読むと、あっさりと単純です、拍子抜けです。

 

でも、輪廻の流れがちょっとわかったような気がします。

 

 

うむ、アビダンマでは「死」についてどーのこーのは書いてません、現象として捉えているだけですね。

 

私的な感想で恐縮ですけど、こんなしょうもないエンドレスな流れからは、とっとと離れて自由になったほうがいいです、それを説いたのがお釈迦様ですね。