oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

290 死にたいも死にたくないも両方捨てる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

執着とは、「死はヤバい」と思うことなのです。「死んでは駄目だ」という、みんなに与えられているバカな命令なのです。「死んでは駄目」とはどういう意味でしょうか?意味がない指令でしょう。でも、すべての生命は死にたくない。「なぜ?」と聞いてもわかりません。死にたくないという気持ちもバカらしいし、死にたいという気持ちもバカらしい、両方、愚かな気持ちです。

「死にたい」も「死にたくない」も両方捨てて、超越したところで生きる。生と死はひとつのコインであると理解するのです。コインを取ったら、裏と表、両方ありますね。それは仕方がないことです。「私は表のほうは大嫌い」というのは成り立ちません。一万円札をもらったけれど表の絵柄はあまり気に入らない、裏のデザインがいいから裏だけちょうだい、というのはできないでしょう。それと同様に、「死は嫌だ」と言っている場合ではないのです。生きていたいと思っているのは愚かな考えで、死にたいと思うことも愚かな考えです。

正解は「放っておけ」なのです。

 

上記は下記の本からになります。

 

 

宗派の違う5人のお坊様が「死」について語ります。

 

「死」について興味のある方は、けっこう興味深く読めるのではないでしょうか。

 

今思うと、サンガさんの出版企画のバラティーさはすごいものがありましたね。

 

 

私見ですけど、

 

死は輪廻のうちの現象のひとつにすぎないので、現象にいちいち考えを抱くのは時間の無駄なので、それをやる暇があったら仏教の実践にはげんだほうがいいかもしれませんね。

 

自分の場合は、そうだなあー、ヤバイ状態というか、ヤバイ心の状態で死なないように注意することでしょうか、そのためにも日頃の仏教の実践というかトレーニングが大事なんだよなあ。

 

 

グダグダ考える暇があったら実践しなさい、とおしゃっている本です。