oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

292 死にたくないわけ 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

我々は「死にたくない。死ぬのが怖い」」という感情を持っています。それには理屈がありません。なぜ死にたくないのですか?「死ぬのが怖い」と言ってしまうと、死んだ経験はないのだから、合理的な理由が見つからないのです。

自分が知っているのは他人が死ぬことだけです。

「おじいちゃんが死んじゃったから、私は死ぬのが怖いです」と言っても、おじいちゃんが死んだことは悪かったのか良かったのか、死ぬのはきついかどうか、なんてわからないでしょう。

でも、死ぬのが怖いことには、本当は理由があります。私たちは輪廻の中で数えきれないほど死んできたのだから、「死ぬのが怖い」と本当は憶えているのです。

死んだ経験は、本当はあります。死ぬたびに、ものすごく悔しいのです。せっかく元気よく、気持ちよく生きていたのに、死んでしまうのですから。その悔しさから「死ぬのが嫌だ」と思ってしまうのです。

 

上記の文章は下記の本より

 

 

先生のお話が縦横無尽の満載です、これでもか!とぐらい読むことができます。

シリーズにしていただいたサンガさんに感謝です。

 

 

 

 

上記の文章を続けてみます。

 

引用

この世の中で幸福に満ち溢れて、家族や親せきにも恵まれて、お金も社会的地位もあって、そこで突然死んでしまう。せっかく居心地よく生きてきたのに死んでしまう。だからすごく悔しいのです。これがぶっきょうで言う「dukkha不満」です。こうして「死ぬのが嫌だ」という「経験」が、次に生まれる瞬間に刷り込まれているのです。

ですから、生まれることも本当は嫌なのです。大きなお世話なのです。向こうにいたかったのに、強引に死なせて他のところに生まれさせているのですから。生まれたら、そこでまた新しい生き方を作らなくてなりません。過去の生き方に慣れて居心地よかったのに、また始めから、慣れないことをしなくてはいけない、だから生まれることも生命にとっては嫌な気持ちなのです。私たちはそれをちょっと忘れているだけです。

 

次のセンテンスで、先生は「生はdukkha」のお話が続きます。

 

 

バリバリの私見です。

 

輪廻に関しては懐疑的な方もいらっしゃると思います、私自身は「輪廻が無いと因果の話が成り立たなくなる」、と言う程度の理解ですけど、その程度でいいや、と思っています。

 

輪廻って何ぞや、と思うより、離れたいなあ、と思うほうが大事かもしれません。

 

で、お釈迦様の説いたことは、「この輪廻から脱出する方法」に尽きると思います。

 

「輪廻って嫌でしょ?」と改めて自覚させてくれる本です。