oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

293 幸せな死を迎える最大の条件 『一瞬で心を磨くブッダの智慧』

引用

人間の一生は毎日、毎時の時間の経過です。今日は昨日と違うし、一時間前も今とは違います。一分前、いや、一秒前でさえ今とは違うのです。人間はいつでも死ぬ可能性があります。明日になって急に死んでしまうかもしれません。ならば、悔いのない人生を送るためにはいつ死んでも大丈夫だという、安心と納得のある毎日を生きるしかないのです。いつ死んでも自分の人生には満足しているし後悔もない、という気持ちこそが、幸せな死を迎えることのできる最大の条件です。

 

上記の文章は下記の本からになります。

 

 

先生の「老病死」のお話が縦横無尽の満載です。

仏教に詳しくない方でも楽しめます。

 

 

私見です。

 

死ぬ瞬間の心というか、心の状態というか、これが大事なのではないでしょうか?

 

「私が死んだら、家族や財産や仕事はどうなるの!」とか。

 

「まだ、やりたいことがあるのに!」とか。

 

「まだ、やりかけなのに!」とか。

 

 

えーと、死ぬときは、自分の身体、家族、財産、仕事、は全て置いていくことになるので、じたばたしてもどうしようもないのですけど、せめて自分の心をなんとかしないとですね。

 

先生は「いつ死んでも大丈夫なように」とおっしゃいますけど、私自身、家族と離れるのはちょっと混乱するかもしれません。

 

上記の本より気になる部分を引用

 

死後への心配事

 

正しい生き方をすれば

では、死後についてどう言って説明すればいいのでしょうか?我々はこう言って説明するのです。

「あなたが正しく立派に生きてきたならば、なんの心配もありません。死んだあとも、正しい生き方をしてきたなりの結果を得るでしょう」

それはそうでしょう。良い人間で立派な人生を歩んだ人が地獄に堕ちるなどという話はあり得ません。「あなたはとても良いことをして生きてきたのだから、それで良いではないですか」というのが、仏教の死後に対する明確な返答なのです。

では、正しく立派な人間とはどのような人を指すのでしょうか?それを理解したければ仏教を学んでみればいいのです。

何も難しいことではありません。裕福だろうが貧乏だろうが、学歴があろうがなかろうが、美人であろうがそうでなかろうが、社長であろうが平社員であろうが、そのようなことは全く関係ありません。要は心のきれいさなのです。心を清らかに、汚さずに生きることに尽きるのです。その、心のきれいさ、心を汚さない生き方は仏教を学べばよくわかるようになります。

 

 

 

うむむむ。

 

未だに自分人生に満足してるし後悔もない、って状態ではありませんが、せめて五戒を守り悪いことはしない、は、やっていきたいです。

 

 

死ぬ瞬間の心が大事ですよ、と教えてくれる本です。