oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

302 常に自分が死んでいくことを観察する 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

我々が頭でっかちに考えている「死」は、最終的に肉体の活動を終了することです。しかし、常に自分が死んでいくということは、頑張ってみれば、ほんのちょっとの努力で体験できます。

お釈迦様は瞑想という方法を教えています。

それは「ありのままに観てください」ということです。

ありのままに観ていると集中力が生まれ、さらに進んで思考がなくなれば、「生」と「滅(死)」が見えてくるのです。

「一つ死んで、新たなものが生まれたのだ。つまり、死ななかったら現れないのだ」ということが見えてくるのです。

しかも、「生」と「滅」は両方同時に起きず、必ず一つずつです。それがわかるには、すごく集中して見なくてはいけません。

ひとつ死んで、次の現象が現れる。前の現象はきれいに死ぬのです。

 

 

バリバリの私見です。

 

先生の本では、所々、もしくは終わりの部分に、ほぼ必ず、「慈悲の話、観察の話」が出て、それらをもう少し深く説明するために、「慈悲の瞑想、ヴィパッサナー瞑想」の話が出てきます。

 

お釈迦様のお話というか、お経も、オチは必ず「解脱」です。

 

仏教の目的は解脱なので、先生のお話も、お釈迦様のお話の流れに忠実に沿ったものになっていると思います。

 

で、きちんと、三帰依、悪いことしないで五戒を守る、をやったうえで、瞑想実践をしてみる、してみることで解脱に少しでも近づこう、ということですね。

 

仏教を知らない方だと解脱というか、解脱という言葉に違和感、抵抗感があるかもしれません。

 

でも、解脱しないと、残酷な輪廻に巻き込まれたままだし、苦は続くし、生きてもしんどいし、死んでも続くし、ヘマすると悪いほうの因果法則の犠牲者になるかもしれないし。

 

ふだんは上記のことに気づかないまま生きています。

でも、気づいて、「こんな状態は嫌だ!」と思ったらラッキーなのかもしれません。

 

「こんな状態は嫌だ!」と思ったら、この本です。

慈悲の瞑想とヴィパッサナー瞑想の大切さがわかります。