oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

307 亡くなるときは赤子のように 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

お母さんが赤ちゃんをあやすとき、自分の顔を手で隠して「いない、いない、ばあ」とやっただけで、赤ちゃんは笑いますね。なんの不安もなく、なんの疑いもなく、心から。まさに天真爛漫という言葉がぴったり合うような、赤ちゃんのあの笑顔。人間が死ぬ瞬間も、赤ちゃんのように笑って死ねたら最高の終幕なのです。それが仏教で教える一番いい死に方です。赤ちゃんは、なぜあれほど無心に笑えるのでしょうか?それは自分のことを無条件に愛してくれる母親がそばにいるからです。安心しきって、なんの不安もないのです。我々が死ぬときも何の不安もない状態で、安心しきって死んでいく、それこそが、最高の幸福です。

そうした心を作るためには、「死とは何であるか」ときちんと理解しておく必要があります。若いときから「死とは、朝、歯を磨くこと、朝食をとることなどと同じ当たり前のことだ」と観察しておけば、年をとって死ぬ瞬間になっても、冷静に穏やかに何の不安もなく、目を閉じるように息をひきとることができるのです。死を観察し続ける人は、死後の世界に準備を充分整えているのです。死後、幸福になることは確実です。

 

 

上記の文章は下記の本からです。

 

 

老病死に関して、これでもか!というくらい、内容は縦横無尽で満載です。

最後の付録には「箭経」があります。

 

気になる部分を引用

 

582

どこから来た者か、またどこへ逝ったのか、それ、あなたは知らない。

両辺も見えないその人のために、あなたが無意味につぶやく。

 

 

私自身も、家内も、子どもも、勝手に現れて、勝手に去っていく、去っていくのを嘆くのは、どういうことなのですか?ということですね。

 

私自身、出来ていない人間なので、最初は嘆いてしまいそうですけど、でも、嘆くのは善くないと思います。

 

先生のお話で、亡くなった人のことに関して「行くべきところに行った」という言葉を聞いたことがあります。

 

亡くなったら「行くべきところに行く」、この言葉しかないような気がします。

 

行くべきところに行くように、この世にいる間は、やっぱり実践が大事です。

 

これしか言えないなあーー

 

 

本日で、この本は読了です。

 

約2年間かけて、『ブッダの教え一日一話』と『一瞬で心を磨くブッダの教え』を読みました。

読む目的は「自分のためです」

自分のために書いた文章ですけど、とても拙いです、読んでいただいた方々に感謝します。

 

 

勝手な感想で恐縮ですけど。

 

本の完成度は『ブッダの教え一日一話』のほうが高いです、シンプルで短い文章は仏教を知らない方はもちろん、知っている方でも、なぜか抵抗感なく読めると思います。

 

『一瞬で心を磨くブッダの教え』は編集者の意図が入り過ぎていて、仏教に少し知っている方には、「ん!」と思うことがあるかもしれません、本の完成度も「ん?」です。

 

 

えーと、まだ終わりません、明日からは、また新しい本を読みます。

 

よろしくどうぞ。