oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

004【輪廻について】 第一部 理論編 戒の重要性 『ヴィパッサナー瞑想 マハーシ長老(著)』

引用

在家の人々が最低限守るべき戒律は、五戒です。それに対して、比丘が守るべき戒律は、波羅提木叉(はらだいもくしゃ パーティモッカ)です。波羅提木叉とは、僧院での生活の規則を集めたものです。きちんと戒律を守る人は誰であれ、人間、あるいは天(デーヴァ)として輪廻転生のい際によい生まれに再生します。

 

テーラワーダ仏教を知ったばかりの頃は、五戒(パンチャシーラ)だけ知っていればよいと思っていたのですけど、あることがあったのでパーティモッカも知りたいなあ、と思いました。

 

あることって、ある比丘の不行状が告発されたというか、変な事象でした。

師匠から比丘戒を受けているかどうかもわからない人物だと、別にパーティモッカ違反にならないわけで、なんていいますか、どうでもいいです。

 

もう4年も経ったのですね。

www.jataka.info

 

テーラワーダ仏教を知ったばかりの頃は、協会の真面目なお坊様、日本の大乗仏教の真面目なお坊様しか知らなかったのですけど、テーラワーダでもけっこう「ん?」というお坊様も多いです、パーティモッカ云々よりも「一緒にパンチャシーラを実践しませんか?」と声をかけたくなります。

 

 

下記リンクに、もうちょっと詳しくパーティモッカを読んだ感想が書いてありました。

けっこう、性行為や、異性への接し方が、冒頭からみっちり書いてあります。

www.jataka.info

 

 

『ごまかさない仏教』の佐々木氏と宮崎氏との対談本で、パーティモッカ本を、「なんて品のない本だ」とおしゃっています。

 

まあ、戒に関することは判例の積み重ねでもあるので、歴史的にも、これで、お坊様をやめていく方がけっこう多かったのではないでしょうか?

 

 

すみません脱線しました。

上記のマハーシ長老の文章に「輪廻転生」という言葉が出てきます。

 

仏教を学んだばかりの方に「輪廻転生」という言葉はハードルが高いかもしれません、

 

輪廻転生を疑うと、戒の実践が身に入らないし、戒の実践が出来なければ、瞑想実践なんて遠い話です。

 

バリバリの私見で恐縮ですけど、私なりの輪廻の理解です。

下記参照

j-theravada.net

 

気になる部分を引用

そんな能力がない私たちは、輪廻を認めるか、否定するか、という二者択一の状態に陥ります。この場合は、いろいろ提案することが可能です。死で人生が終わるというならば、我々は好き勝手に生きてみても構わないことになります。悪行為や犯罪など、怖がらなくてもよくなります。バレないように巧みに犯罪すればよいのです。道徳を守ることや修行することに意味が無くなる。道徳を守ってまじめに生きていても、わがまま好き勝手に生きていても、最期は同じだからです。ですから、輪廻が無いとするよりは、輪廻があると認めたほうが、自分のためにも世のためにもなるのです。人々は自分の行為に責任を持つようになります。しかし、これで輪廻を証明したことにはなりません。

 

 

私の輪廻の理解は上記の文章で充分です。

輪廻があると認めたほうが、自分のためにも世のためにもなるのです。人々は自分の行為に責任を持つようになります」。

輪廻の証明にならないかもしれませんが、こう思ったほうが戒も守れるし、瞑想実践にも進めそうです。

 

 

うむむむ

まだ1ページも終わっていません、めちゃくちゃ内容の濃い本です。