oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

021【有身見】が続きます。 第一部 理論編 智慧の発展 『ヴィパッサナー瞑想 マハーシ長老(著)』

引用

このこと(我について間違った見解を持っている)について、より詳しく説明しましょう。

私たちは、誰もが加齢、病気、死を避けたいと思うものです。けれども、誰も防ぐことはできませんし、やがてそれらがやってくることを避けることはできません。そして、私たちが死んだ後には、転生が生じます。その際、いかなる存在の世界への再生も、その人自身の希望によるものではありません。私たちはそこからの脱出を願うことによって、地獄、畜生、餓鬼の世界の再生を避けることができないのです。再生は、その人自身の行為の結果として、どのような存在の世界に対しても行われます。そこにはまったく選択の余地はありません。

 

バリバリの私見です。

文章をそのまま読みますと、我について間違った見解を持ったままだと、輪廻をするけど、自分の希望なんてかなうわけないし、下の存在に堕ちる可能性も充分あるし。

 

うーむ、考えてみたら、「変わることのない、永遠不滅の自我がある」と自我を肯定するということは、輪廻の否定をすることにもなりますね。

 

永遠不滅の自我ってあれば、輪廻なんてあるわけないですね。

 

自分のありように関係なく、その人の行為の結果として、輪廻という現象に巻き込まれますから。

 

 

引用を続けます

これらの理由によって、生死の輪としての輪廻は、たいへん恐ろしいものなのです。ですから、私たちのあらゆる努力は、輪廻の無残なありさまを熟知することに注がれるべきなのです。そして、涅槃に達することにより、輪廻から脱出するように励むべきなのです。

 

マハーシ長老は、みなさんのことを心配してます。

これ以上はないくらい究極に心配してくれています。

心配しつつも、どうすればいいか教えてくれます。

 

スマナサーラ長老も我々のことを心配してくれてますね、心配してくれるからこそ、あれだけたくさんの著作、動画があるのでしょうね。

 

引用を続けます。

もし、現在、輪廻からの完全な脱出が可能でないなら、少なくとも地獄、畜生、餓鬼の世界の再生しないように努力をするべきです。その場合、みじめな境涯の存在への再生を引き起こす源である有身見の完全な除去に努めることが必要です。

 

 

「我に対する誤った見解=有身見」です。

 

「有身見がみじめな境涯への再生を引き起こす原因」であると、ガツンとおしゃってます。

 

スマナサーラ長老の法話を聞くと「輪廻」と「渇愛」がけっこうセットになって出てきます、渇愛が輪廻に引き起こす原因であると、頭では理解してますけど、その渇愛を引き起こす原因が有身見なのだと思います。

 

ここまで読むと「有身見」こそが、悪い原因の根源だと思えてきます、実際、そうなのでしょう、では有身見を除去するにはどうすればいい?

 

引用続けます

有身見は、出世間の戒(シーラ)、定(サマーディ)、慧(パンニャ)の徳という三つの聖なる道と果によってのみ完全に克服されます。それゆえ、私たちにとってこれらの徳を養うことは避けられないのです。

 

うむむう、マハーシ長老は、ほんと無駄のないストレートな直球を投げ込んできます、輪廻を引き起こす有身見は徳を養うことで除去できる、で、徳を養うためのバーワナーは避けることができないですよ、とおしゃってます。

 

徳を養うためには何をすればいいのですか?

 

引用

では、それらの徳をどのように養うべきなのでしょうか?私たちは気づきや観察によって、煩悩の支配から離れなければなりません。自己に対する間違った見解である有身見から解放されるまで、私たちは常に見ること、聞くことなどのプロセスの構成要素に気づき、観察するよう瞑想実践を行うべきなのです。

 

瞑想実践の必要なことに話は至りますけど、「必要性」とはちょっと軽すぎる言葉でした、輪廻や有身見から離れたいと思ったら、必然的に瞑想実践に至る、ということです。

 

続けます

このような理由によって、ヴィパッサナー瞑想の実践を行うよう、皆さんは常に瞑想指導者からアドバイスされるのです。今、皆さんは修行を完成させ、聖なる道に達することを短期間に可能にするヴィパッサナー瞑想を実践する目的で、ここへやってきました。我があるという見解が完全に取り除かれたとき、私たちはついに地獄、畜生、餓鬼の世界に再生するという危険から逃れることができるのです。

 

輪廻と有身見から離れるには、瞑想の他にもしかしたらいろいろな方法があるのかもしれませんが、ここはお釈迦様のおしゃる方法がいちばん最短で、それをわかりやすく実践する方法をマハーシ長老が教えてくれます、この本の役目はこれに尽きます。

 

マハーシ長老、スマナサーラ長老、別にわれわれ衆生のことは放っておいてもいいのでしょうけど、でも、常に我々のことを心配してくださっています。

 

本当に稀なお坊様です、まず出会うことはないでしょう。

 

本を読むと、その思いを感じます、仏教を実践する理由は輪廻、有身見から離れることですけど、こういった稀なお坊様の気持ちに応えるためにも、実践をしなければならない、と思いますね。

 

稀なお坊様の稀な本です。