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テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

『浄聖院だより こころみ 第46号』

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なんていいますか、その国々の文化のお話ですね。

 

お坊様の寺報で、この話題は恐縮なのですけど、下記のHPを見つけました。

www.shizensou.net

 

上記のサイトより興味深い文章を見つけました。

www.shizensou.net

 

引用

「自然葬」という言葉は、本会が1991年2月、発足にあたって起草した「会結成の趣旨」の中で初めて使われた。社会的な反響があり、1995年には「大辞林」第2版が、1998年には「広辞苑」第5版が収録するなど、またたくまに代表的国語辞典にも載る一般的な日本語になった。

 散骨や風葬、鳥葬など墓に入らない葬送法は世界の各地で行われている。日本でも古代より遺体や遺灰は海や山に還すのが主流だった。「骨を砕いて粉と為し、之を山中に散らすべし」と遺言した淳和天皇(786年―840年)や、「それがし閉眼せば、加茂川に入れてうほ(魚)にあたうべし」と言い残した浄土真宗開祖の親鸞(1173年―1262年)などの例からも、遺灰を山や川にまいていた日本人の姿が想像できる。

 しかし、江戸時代中期以降、キリシタン取り締まりなどのため寺檀制度の整備が進み徐々に庶民も墓をつくるようになった。明治になってからも、自然に還す葬法は多様なかたちで存続していたが、明治政府の国家的規制や寺檀制度と見合う葬式仏教の因習とも相俟って、死んだら墓に入らなければならないという固定観念が生まれた。

 1948年(昭和23年)にできた「墓地、埋葬等に関する法律」が「埋葬又は焼骨の埋蔵は、墓地以外の区域に、これを行ってはならない」と規定し、また刑法の「遺骨遺棄罪」の規定もあって、戦後も長く散骨は一般的には違法行為と受け止められていた。

 1991年10月、神奈川県の相模灘沖で「葬送の自由をすすめる会」が行った第1回自然葬は、こうした社会的な通念を破る「葬送の自由」元年の行為となった。

 本会は「会結成の主旨」で「遺灰を海・山にまく散灰は、それが節度ある方法で行われるならば法律に触れることはありません」「私たちは先入感と慣わしに縛られて自ら葬送の自由を失っている」と主張した。第1回の自然葬のあと、法務省は「葬送の一つとして節度をもって行われる限り、遺骨遺棄罪には当たらない」、厚生省(当時)は「墓埋法はもともと土葬を問題にしていて、遺灰を海や山にまくといった葬法は想定しておらず、対象外である。だからこの法律は自然葬を禁ずる規定ではない」と、それぞれ新聞の取材に対して同会の考えを追認する見解を明らかにした。これによって、自然葬は日本で初めて市民権を得た。

 

うむ、日本によくある葬儀は、江戸時代、明治時代に出来たものなんですね。

 

で、国も違えば葬儀も違う。

それぞれの国の葬儀事情ですね。

www.shizensou.net

 

文化は人間が作ったものですけど、不思議なもので、親しんだ文化をバカにされたり、貶されたりすると、けっこうトラブルになったりします。

 

大事なのは、文化って、その始まりはけっこういいかげんかもしれないけど、貶す権利というか、バカにする権利は誰にもないし、そんなことすれば、バリバリ自我にまみれた気持ち悪い人間になっているのでしょうね。

 

 

文化の違いをお互い、笑顔で楽しめるって最高です。

浄聖院様の「ミャンマー話」、また楽しみにしております。