oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

030【瞑想初心者のための実践法】 第二部 実践編『ヴィパッサナー瞑想 マハーシ長老(著)』

初心者の「気づき(サティ)」、「定(サマーディ)」、「智」は、まだ大変弱いので、日常生活でよくある「見ること」「聞くこと」「考えること」「妄想すること」は、常に同時に起こっているように感じられます。

 

実際、そのように感じます、妄想が優勢だと、気づき・定・智なんて無い状態なので、生じたものに流されている状態なんでしょうね。

 

ここで引用

しかし、本当は見ることは聞くことと同時には生じておらず、聞くことも見ることと同時には生じてがいません。実際にこれらの出来事は、一度に一つのことだけが生じているのです。しかしながら、修行を始めたばかりの瞑想実践者や、充分に気づき(サティ)、定(サマーディ)、智が養われていない瞑想実践者は、これら個々の瞬間に生じるものの連続を観察をすることはできないでしょう。けれども、初心者は、多くを追求する必要はありません。初心者は少しのことのみから始める必要があるのです。

 

見ること、聞くことは同時に生じてはいません。

一度に一つのことのみ生じて、それを観察すればいいのでしょうけど、やっぱり妄想に負けるパターンが多いのですね。

 

妄想に負けっぱなしですけど、マハーシ長老はここで「初心者は多くを追求する必要はありません、少しのことのみから始める必要があるのです」と説きます。

 

 

ここで私事で恐縮ですけど、最近スマートウォッチを買いまして、腕にはめてます。

1日に2回くらい、不定期な時間に「マインドフルネスしませんか」と誘ってきます。

AIが誘ってきているのでしょうけど、なんていうか悪くないです。

始めると「少し時間をとりましょう」という言葉が出てきて始まります。

当たり前のことですけど「時間をとる」「時間を確保」するってすごく大事です。

 

このときは、座っている場合が多いので、誘われた通りに座る瞑想をすることにしています、ただ仕事中が多いので1分~5分くらいになります、ほんの少しの少しかもしれませんが、少しは始めていることになるのでしょうか?

 

 

「初心者は少しのことのみから始める必要がある」

マハーシ長老はあっさりとお話しますが、これ、けっこう大事な言葉です。

妄想に巻き込まれて何もしないほうが圧倒的に多いのではないでしょうか?

 

妄想がめちゃくちゃ優勢ですけど、少しでもいいから時間をとって、気づきの練習をしたほうがいいと思います。

 

 

少しのことから始めるためには「少し時間をとってみましょう」という基本の基本を教えてくれる本です。